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五人を載せたレガリアは、ゆっくりと基地を出た。つけていたラジオからはダスカの封鎖が取れたということをしきりに放送している。ノクトとグラディオに挟まれて座るのも、このふかふかのシートに身を沈めるのも随分久しぶりのように思えた。音楽に切り替わったカーステレオをぼんやりと聞いていると、ねぇ、とプロンプトがノエルを振り返った。

「ん?」
「えっと、その服……」
「………あぁ、これ」

スカートのリボンとフリルをつまみ上げたノエルは、手持ち無沙汰にリボンを弄りながらプロンプトに向かって小首をかしげた。

「どう?似合ってる?」
「うん、まぁ、似合ってるけど……」
「悪趣味」

こちらをちらりと見た後に頬杖をつきながらポツリとそうこぼしたノクトの足を、編み上げのブーツが思いっきり襲いかかった。声にならない声を上げながら悶えるノクトをノエルは冷ややかに見下ろす。

「知ってるわよ、私の趣味じゃないっての」
「え?そなの?」
「なにプロンプト信じてるの!?」
「いやたまにそういう気分になるのかなーって」
「ないないない!こんなの着替えたら即燃やしてやる」
「えぇー、過激ー」

確かホテルに予備の警備隊の服あるから、早く部屋に戻りたい。見えてきた何日かぶりのレスタルムの街並みに、ノエルはほっとして知らずのうちに息を吐いた。ツナギやタンクトップなどだいぶカジュアルな服装が一般的なレスタルムで、真っ白いフリルとリボンのワンピースを着たノエルは大層目立つ。ノクトから強奪したジャケットを羽織りホテルに戻れば、ホールにイリスが待ち構えていた。ノエルを見て、イリスは気まずそうに顔を逸らした。

「………あ、あの、ノエルさん、」
「知ってる」
「……え?」
「全部知ってる。お父さんが死んだことぐらい」
「っ、」

顔を歪めたイリスに、事態を飲み込めていない四人がこちらを見る。今は話したくない、目を伏せれば、四人は少しとまどいながらもホテルの中へ進んでいく。階段の上からノクト達が帰ってきたのを見つけたタルコットがものすごい勢いで階段を駆け下りてノエルに抱きついた。ごめんなさい、ごめんなさい、しゃくり上げながらしきりに謝るタルコットをノエルは抱き締め返して頭を撫でた。

「いいの、いいのタルコット。謝らせてごめんなさい。これは必ず起きなくちゃいけなかったことなんだから」
「でも、でも!」
「早かれ遅かれ、お父さんは死んでたわ」
「もっと、もっと!」
「いいえ、今じゃなくちゃいけなかったの」
「………そんなこと!」
「あるの」

強い語気でそう言ったノエルに、タルコットは涙を目に溜めながら不思議そうにノエルを見上げる。それに小さく微笑んで、ノエルはやって来たジャレットにも同じことを伝えた。今後のことも含めて詳しいことを話すから、ノクトの部屋に、と誘ってきたイリスに、ごめんなさい、今そんな気分にはなれないの、と伝えれば、そうですよね、と暗い顔をされた。そんな顔をさせたい訳じゃないの、ただ、眠いのと、服を着替えたくて。明るくそういえば、イリスはそうですか、と少し口角をあげた。ノクト達と別れ、イリスと使っている部屋に戻る。返しそびれたノクトのジャケットをベッドに投げて浴室に入る。蛇口を思いっきりひねれば、水が勢いよく飛び出して髪や白いワンピースを濡らしていく。肌に張り付く布の感触に少し眉をしかめながら、ひたすら水を浴びる。帝国軍の基地にいた、あの見えなになにかを洗い流したかった。父親を殺された、このどす黒い復讐心を洗い流したかった。どのぐらいそうしたのだろうか、くしゅんとくしゃみした事で我に返る。慌ててお湯の蛇口をひねり、体を温めた。水でぐっしょりの濡れたワンピースを脱ぎゴミ箱に捨て、浴室を出て、そのままベッドに倒れ込む。そのままベッドの横に手を伸ばし、ボストンバッグからネグリジェを取り出し頭からかぶる。布団を手繰り寄せて頭からかぶれば、意識はすぐに遠のいていった。






「………?」

なにかに顔を舐められている感覚がする。身をよじって拒絶すれば、こんどは柔らかな肉球が頬をぺちぺちと叩いた。ハッと目が覚めて起き上がれば、そこはよく見慣れた、今は破壊されたインソムニアの城の前の広場だった。立ち上がってぐるりと見回す。何故か目線が普段の感覚よりだいぶ下にあることに気付き手を見ると、それはふっくらとした子供の手だった。後ろを振り返れば記憶のよりずっと若い衛兵がこちらを見て会釈してくれ、前を見ればたくさんの市民が広場で思い思いに寛いでいた。これは一体なんなのだろうか、もしかして今までのは夢だったのか。その場に立ち尽くしたノエルに、後ろから声がかかった。

「ノエルちゃん?どうかしたの?」
「…………ママ?」
「あら?ママのこと忘れちゃった?」

波打つ栗毛をた頭の後ろできっちりとまとめた母が不思議そうな顔をして近づいてきた。ぶんぶんと頭を横に振って否定すれば、あの頃のまま、若い母は私の前にしゃがみこみ、髪の毛が乱れるわよ、と言って髪を整えてくれた。

「もしかして、緊張してるの?」
「緊張………」
「なんだ、ノエルは緊張してるのか?」

聞こえてきた二人目の声に、小さく体が震えた。パパ?声を出して恐る恐ると呼べば、父はそうだぞー、パパだぞー!なんてデレデレしながら近づいてきた。パパ、ママ、そう呼べば、二人はそれぞれにニッコリと笑いながら、私の手を引いて歩き出した。

「やっぱりノエルでも緊張するのか、」
「むぅ……する」
「家ではあんなに見栄張っていたのにね」
「やだ!言わないで!」
「はいはい、言わない言わない」

二人と手を繋ぎながら、ゆっくりと広場を進んでいく。私たち親子を見た人の反応はそれぞれで、ちらりと見てすぐに興味を失う人や、驚いて慌てて頭を下げる人もいる。物珍しそうに眺めながらカメラを向ける人もいた。城の前にある長い階段をゆっくりと登り終えると、それじゃあ、と母親と父親が私の手を離した。

「行ってらっしゃい」
「………え?」
「どうしたの?」
「パパとママは?」
「ここからはノエルちゃんが一人で行くのよ?」
「なんで?」
「俺たちはもう行けないからな」

がんばれよ、にっと笑った父は私の背中を押した。

「みんなで行こうよ」
「ごめんな、ノエル」
「いやだ。ひとりじゃ出来ない」
「一人で出来る。ノエルなら絶対」

ほら、迎えが来た。足音がして城の入口を見れば、私よりずっと大きい大人のノクトが出てきた。私を見つけて、ホッとしたような顔のノクトは、震える手で私を抱き上げる。

「ノエル………よかった、生きてる……」
「勝手に人を殺さないで」
「ノクトくん、ノエルちゃんのこと、お願い」
「はい。頼まれなくても、守ります」
「私が守るの!」
「っは、こんな小さいのに?」
「ちっさくない!」

身をよじって地面に降りれば、目線はさっきよりうんと高くなった。警備隊の服を身に包んだ私は、ほらね、とノクトに向かってドヤ顔をすると、容赦ないデコピンが飛んでくる。額を抑えて睨みあげると、くくっ、ノクトは笑いを噛み殺しながらほら、と手を差し出してきた。その手を握り、振り返って手を差し出す。

「お父さんも、お母さんも行こうよ」
「ごめん、ごめんなノエル」
「私たち、本当に行けないの」
「なんで………」
《なんでなのかは、君が一番よく知っているはずだよ》

キュウ、と聞こえた可愛らしい声に下を向くと、赤い角が額についた水色の小さな獣が座っていた。つぶらな瞳でこちらを見上げ、尻尾はゆらゆらと揺れている。おまえ、呟いたノクトをちらりと見て、その獣、カーバンクルは素早い動きで体を登ってきて肩に乗った。

《ごめんね、ノエル。君のためを思って二人に会わせた事はダメだった?》
「……………そ、んな、ことは、ない」
《そう言ってもらえて、僕は安心したよ》

キュウと鳴いたカーバンクルは、頬に擦り寄ってきた。柔らかい毛が頬をくすぐり、思わず小さく笑ってしまう。ノエルちゃん、名前を呼ばれてそちらを見ると、母が近づいてきた。石鹸の匂いがするほんのりと冷たい手に、思わず安心した。

「ノエルちゃんは、大きくなったわね」
「…………うん」
「こんなに綺麗になっちゃって」
「………ママも、ずっと綺麗」
「ありがとう。そしてごめんね、ノエルちゃん。あなたが大人になるまで傍に居れなくて」
「寂しかった」
「ごめんね」
「ううん、パパがいてくれたから」

そういって父を見ると、父は照れくさそうに、そして少し気まずそうに頬をかいた。あー、その、ゴホンと咳払いした父もゆっくりと歩いてきた。

「すまん」
「ううん、私、怒ってない」
「そうか」
「ねぇ、覚えてる?初めてインソムニアを出た日のこと」
「あぁ。はしゃぎすぎてお前、トウテツと戦って死にかけたな」
「お父さんだって、ガルラに踏み潰されそうになった」
「高校の入学式の花、付けてあげたかったな」
「ごめん、お父さん忙しそうだったから」
「根に持ってるぞ」
「ひどい、悪いのはお父さんなのに」
「勝手に死んで悪かったな」
「うん、許さない」
「そうか」
「もし私が結婚したら、だれとバージンロード歩くの」
「………悪い」
「ウェディングドレス、お父さんに見せたかったな。お母さんにも」
「一緒には歩けないけど見てるさ」
「どこで?」
「上」

空を指さした父に、もう、と私は母は顔を見合わせて苦笑いした。もうそろそろ行かないと間に合わねぇぞ。後ろで静かに眺めていたノクトの言葉に、私はうんと頷いた。

「お父さん、お母さん」
「なんだ」
「どうしたの?」
「育ててくれて、ありがとう」

大好き。嗚咽に混じって吐き出された言葉に、二人は顔を見合わせてから腕を拡げた。思い切り飛び込めば、二人はこれでもかとぎゅうぎゅうに抱きしめてくれた。どれぐらいそうしていたのだろうか、時間を知らせる鐘が時計塔から鳴り響く。もう時間だ、帰るぞ。ノクトに手を引っ張られて歩き出した私は、後ろを振り返った。夕日を背にした二人の顔はよく見えなかった。





ふと目が覚めた。慌てて飛び起きれば、きゃっ、と誰かが驚いた声を上げていて、声のした方を見れば、イリスが心配そうにこちらを見ていた。

「ノエル?」
「イリス?」
「うん、大丈夫?魘されてたみたいだけど」
「…………あー、うん、平気」

いつの間にか外は暗くなっていて、随分寝ていたんだなぁとぼんやりおもう。地面に降りて、椅子に掛けていたショールを手に取った。

「ちょっと風に当たってくるよ、は寝てていいよ」
「うん」
「おやすみ、イリス」
「おやすみなさい、ノエル」

イリスが布団に潜ったのを見て、私は部屋を出た。ホテルを出て、道路の向かいにある展望公園に向かう。ごうごうと燃えていたメテオは、いまやその形をなくしていた。ベンチに腰掛けてぼんやり眺めていると、やっぱ起きてたのか、とうしろから声がした。

「…………ノクトも起きたの?」
「あぁ、あの後にちょっとな」

よっこらせ、と隣に腰掛けたノクトにちょっと笑う。掛け声がジジくさいよと言えば、うっせぇと拗ねられてそっぽを向かれた。

「ねぇノクト」
「ん」
「迎えに来てくれて、ありがとう」
「おう」
「助けに来てくれて、ありがとう」
「おう、」
「ノクトなら絶対助けに来てくれるって、信じてた」
「………………」
「ほんとうに、ありがとう」
「あぁ、どういたしまして…………なぁ、」
「ん?な……っ、」

なに?そう言おうとしたのに、なにかかさついたものが唇に触れた。ゆっくりと離れていったそれがなにか、上手く理解できなかった。ぽかんとノクトを見上げると、彼はじっとこちらを見返した後に、ゆっくりと顔を近づけてきた。再び彼の唇が私のに触れる。ぺろりと唇を舐められ、ぽかんと空いている口の中にぬるりとした舌が入ってきた。ゆっくりと繰り返し歯列をなぞり、舌を絡める。うまく呼吸ができない。力の入らない手で彼の肩を叩くと、やっと離してくれた。肩でゼェゼェと息を吐く私を見て、ノクトはわらった。

「下手くそ。鼻で息するんだよ」
「……っは、なに、それ」
「もっかい、」

そう言って彼はまた私に口付ける。唇を食み、歯列をなぞり、舌を絡める。その動作に懸命に応えながら、私はノクトに言われた通りにした。鼻にかかる甘ったるい自分の声に、思わず愕然とした。私は今、何をしているの?

「いやっ……!」

力いっぱいノクトを突き放すと、彼は何が起こったのかまだわかっていないようで、呆然としながらこちらを見ていた。なにを、したの、震える声でそう聞けば、なにって、お前、見りゃわかるだろ、とノクトは戸惑いながらそう返した。ついカッとなった。パン、と小気味の良い音がした。手がヒリヒリする。

「なんてことを、したの!」
「……………好きだ」
「っ!」
「…お前が、好きだ」
「ふざけないで」
「ふざけてない。俺は、お前が」
「聞きたくない!」

なんで、なんで今なの、もっと早く言って欲しかった。そう吐き捨てながら、私は逃げるようにその場を立ち去った。背後でノクトが何かを言っていた気がしたが、何も聞こえなかった。
運命に傷をつけたのは